セミナー・イベント

憲法を学問するⅦ
「マイノリティvs個人?~『国法学--人権原論』を批判する~」

実施報告

期間 2023年11月25日(土)~26日(日)
会場 大学セミナーハウス(東京都八王子市下柚木1987-1)
主催 公益財団法人大学セミナーハウス

参加状況

会場参加:学生 7校 16名、社会人 13名  計 29名
東京大学(7)、早稲田大学(3)、一橋大学(2)、慶應義塾大学(1)中央大学(1)、東京都立大学(1)、摂南大学(1)

開催趣旨

 今年の7月、最高裁は、戸籍上は男性だが女性として暮らすトランスジェンダーの経済産業省の職員が、執務場所に近い女性トイレの使用を禁止された事案について、当該処遇は違法だという判断を下し、宇賀克也補足意見は、性的マイノリティに対する理解の増進を怠った経産省に対して、「多様性を尊重する共生社会の実現に向けて職場環境を改善する取組が十分になされてきたとはいえない」、と指摘しました。
 これは、誰もが人間として有する一人ひとりの個性を、「個人の人権」として尊重したと考えるべきなのでしょうか。それとも、虐げられてきた性的マイノリティという「集団的属性」を、社会の多数派に対抗して尊重し、異質な少数者との共存を説いたと考えるべきなのでしょうか。近代立憲主義の結晶として知られるアメリカのバーネット判決は、宗教的マイノリティの保護を、「主知主義的個人主義と豊かな文化的多様性」の両立という観点から尊重しましたが、社会の分断が問題となるなか、「個人の尊厳」と「多様性の尊重」の予定調和に期待することは本当に可能なのかが、問題となってきています。
 この、ごくごく身近な社会における分断は、それを不可視化してきた近代国民国家そのものを動揺させるのみならず、地球規模における人間社会の未来を左右しかねない問題構造をもっています。この論点を、「個人主義」と「文化多元主義」、「統合型」の国家と「多元型」の国家という、「二項対立型の思考」によって解明しようとしたのが、樋口陽一『国法学――人権総論』(有斐閣、2004年、補訂版2007年)でした。今回のセミナーでは、具体的な問題局面を念頭に、同書を批判的に検討することを通じて、問題の本質に迫りたいと思います。どうぞご期待ください。
(「憲法を学問する」企画委員長 石川健治)

樋口陽一先生特別講義:インタビュー動画を事前配信

石川健治先生と樋口陽一先生

石川健治先生がインタビュアーとなり憲法学の泰斗・樋口陽一先生に「1.『国法学』とは? おさらい」「2.有斐閣『国法学』(2004初版初刷)を人権総論として書いたのは」「3.『二項対立』ということ」「4.『チラシ』(分科会テーマ)感想」などについて語っていただいた約2時間半の動画です。参加申込者にはセミナー開催前に視聴していただきました。

視聴した方から次のような感想が寄せられています。(一部抜粋)

「内容は難しかったですが、貴重な機会になったと思います」
「セミナーに参加することで録画とセミナーを関連付けて、「マイノリティv.個人」の問題の理解が深まった、と思います」
「樋口先生がご高齢にも関わらず極めて長時間の談話に応じてくださったから。樋口先生の『国法学』の背景を、研究者にも共有するためにも文章起こしして何らかの媒体に掲載する必要もあると思う」

開会の挨拶
大学セミナーハウス理事長 荻上紘一

大学セミナーハウス
荻上紘一理事長

(開会挨拶 抜粋)
 この2日間レベルの高い熱のこもった議論をしていただいて憲法の学問の発展に貢献することができれば、主催者としてもこれに勝る喜びはないと思っております。
 4人の先生方並びにご参加いただいた皆様方にもう一度お礼を申し上げて、私からのご挨拶としたいと思います。
 どうもありがとうございました。

講師によるパネルディスカッション  - 分科会へのプロローグとして -

憲法を学問するⅣ 講師

講師の先生方

 講師によるパネルディスカッションでは、冒頭に石川委員長から今回のセミナーの開催趣旨の説明がありました。
 続いて第1分科会「人外?」、第2分科会「依り代?」、第3分科会「ガチャ?」、第4分科会「法外?」それぞれについて各講師から論点説明があり、今回のテーマ 「マイノリティvs個人?~『国法学--人権原論』を批判する~」について講師間で議論が展開されました。

視聴した方から次のような感想が寄せられています。(一部抜粋)
「気鋭の4方の議論の展開は、非常に豊かで視点の発見があり、とてもためになった」
「樋口『国法学』の叙述の背景の読み解き方が極めて鮮やかであった。また、蟻川先生の『憲法的思惟』のエッセンスのご解説も極めて貴重なものであった」
「相変わらず、面白い。打ち合わせもないのに、この激論。レベルの高さに大興奮です。バーネット事件判決、初めて知りました。蟻川先生の憲法的思惟(アメリカ編)か?買わなくちゃ。読まなくっちゃ。」

パネルディスカッションの様子

【分科会】

分科会は1日目2時間半、2日目1時間半、合わせて4時間をを使って、4人の講師の下で各テーマを論じていただきました。

参加者の方からは、次のような感想が寄せられました。(一部抜粋)
「色々なバックグラウンドを持った人が集まって議論したことで、普段の学修では得られないような知見を得られたと思います。ただ、時間の制約もありましたがもう少し憲法論に引きつけて議論できると良かった気もします」
「『個人の尊厳』概念は、『公共の福祉』概念と並んで、憲法上の概念がどのように形成されたか、と疑問に思ってきました。石川先生は、ローマ法の概念等に遡って、説明してくださいました」
「蟻川先生が、参加者にも問いを投げかけてくださったり、質問しやすい場を作ってくださったため、とても楽しく充実した分科会でした。ありがとうございました」
「毎回木村先生は刺激的な問題を取り上げてくださり、感謝いたします。資料もたくさん用意してくださり、お忙しいなか本気で取り組んでくださっていることを感じます。ありがとうございます」

第1分科会「人外?」
石川 健治(東京大学 法学部教授)

憲法を学問するⅦ 第1分科会

第1分科会

 ジョン・ロックは、人格の同一性の根拠を、「記憶」に求めました。これに対して、小説家・松浦寿輝は、「記憶」をもちながら、植物の樹液に由来し、ネコともカワウソとも神ともけだものともつかない生き物「人外」を、主人公として設定し、「人間の尊厳」とは何かを問いました(『人外』[講談社、2019年])。本分科会は、これにヒントを得て、「人間」と「人外」との距離について考えます。検討の素材は、スイス憲法が世界に先駆けて定めた、「被造物の尊厳」条項です。動物保護・環境保護の文脈から産み落とされた、この特異な条文をめぐる議論を紹介しながら、日本国憲法における「個人の尊厳」条項やドイツのボン基本法における「人間の尊厳」条項との衝突や相剋を考えます。

第2分科会「依り代?」
蟻川 恒正 (日本大学大学院 法務研究科教授)

憲法を学問するⅦ 第2分科会

第2分科会

 わたしたちは、身近な他者とともに、この社会を構成しています。普段は、互いに干渉し合うことなく暮らしていることの多いわたしたちですが、誰かが、普通の人ならあまりしないような、目立った行動をとったとき、社会の剥き出しの悪意がその人めがけて注がれるのを目にすることがあります。
 いわゆる人権訴訟の原告たちは、そうした、目立った行動をとる身近な他者の典型です。人権訴訟の原告は、社会からの非難を一身に引き受ける「犠牲者(victim)」なのか、それとも、全ての人の人権を押しひろげようとする「英雄(hero)」なのか。
 普通の人々ができないことをするそうした個人と、わたしたちは、互いに、どのような存在として向き合っていけばよいのでしょうか、自衛官合祀拒否訴訟を主たる素材として、ともに考えたいと思います。

第3分科会「ガチャ?」
宍戸 常寿 (東京大学法学部教授)

憲法を学問するⅦ 第3分科会

第3分科会

 自由競争を旨とする社会では、人のいまある境遇はそれまで努力したかどうか次第だと、「自己責任」が強調されてきました。他方、誰もが生まれてきたときに、家庭環境や社会を選ぶことはできません。競争のスタートラインから、圧倒的な格差があるのではないか…「親ガチャ」「国ガチャ」などの言葉の流行は、そうした思いを表現しているのでしょう。
 社会国家原理を取り入れてきた憲法、そして「強い個人」のイメージを前提にする憲法学は、これまでどのような機能を果たしてきたのか、そして、誰もが自分をマイノリティであり排除されていると感じやすい現代社会においてどうあるべきかを、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

第4分科会「法外?」
木村 草太 (東京都立大学 法学部教授)

憲法を学問するⅦ 第4分科会

第4分科会

 この分科会では、法が適切な保護を与えず、法の外に置かれてしまったように見える問題群を扱います。
 まず、同性カップルの婚姻は「憲法が想定していない」とされます。これはどういう意味なのでしょうか。今年、同性婚訴訟の5つの地裁判決が出そろいました。婚姻問題に関する最高裁判例を参照しつつ、判決を読みながら考えてみましょう。
 また、長らく「法が立ち入らない領域」としてきた家庭内のアビューズ(DV・児童虐待)について考えてみましょう。アメリカのとある研究は、裁判官の中に、アビューズの認定にある種のバイアスがあることを示唆しています。
 「法外?」問題群の検討は、立法過程の構造の考察につながります。

【フリートーク】

 初日の夕食後に行われた「フリートーク」は、参加者が4人の講師と直接会話ができる特別な時間となりました。参加者の着席した4つのテーブルを4人の講師が回り、参加者の経験やバックグランドを超えた自由闊達な交流を図ることができました。

先生を囲んでのフリートーク

【分科会報告】

 2日目に行われた分科会報告は、2日間4時間にわたる議論の成果を各分科会から発表していただきました。

参加者の方からは、次のような感想が寄せられました。(一部抜粋)
「他の3先生の分科会の内容が垣間見られて大変興味深かった。次の機会の分科会選びの参考にもなると思う」
「他の分科会報告でも、参加者の発表を聞いた上で総括討論での先生のお話を聞くと、段階を踏んでいるため理解しやすく感じられました」
「報告者の議論に熱心に耳を傾け、そこから議論を発展させる姿勢に敬服した」

第1分科会報告 石川先生

第2分科会 代表6名による報告

第3分科会 代表3名による報告

第4分科会報告 木村先生と1名による判例紹介

【総括討論・質疑応答】

 2日目、このセミナー最後のプログラムは【総括討論・質疑応答】です。
分科会報告を踏まえて、総括討論と質疑応答を行いましたが、参加者からの積極的な質疑が続き、熱く盛り上がりました。
質疑応答の後、企画委員長の石川健治先生より総評とご挨拶をいただき終了となりました。

参加者の方からは、次のような感想が寄せられました。(一部抜粋)
「セミナーの締め括りに相応しく、分科会を踏まえてた上での内容なので、分科会の時には分からなかったものがほんのりと解明されたりと、発見もあった。いくつかの「タイトル回収」もあり、胸に落ちることもあった。大変よかった」
「分科会で扱ったテーマについて先生方それぞれが扱っている問題からの視点を共有していただけたのが大変勉強になりました」
「マイノリティの問題は、「個人の属性」の問題に解消出来ると思ってきました。しかし、少数民族や移民等、個人の属性に解消しきれないマイノリティがあることが解りました。改めて、樋口先生の『国法学』の素晴しさと講師の先生方の読解力の確かさに感銘を覚えました。また、このことは、法学書の読解の仕方に付きましても示唆的でした」

【閉会】

憲法を学問するⅦ全体写真

参加者と講師の先生方で記念撮影

憲法を学問するⅦ  企画委員会

<委員長> 石川 健治 東京大学法学部教授  
<委 員> 蟻川 恒正 日本大学大学院法務研究科教授  
       宍戸 常寿 東京大学法学部教授  
               木村 草太 東京都立大学法学部教授  
<特別講座>樋口 陽一 東京大学・東北大学名誉教授  
 

開催状況

お問い合わせ

公益財団法人 大学セミナーハウス・セミナー事業部
 TEL:042-677-0141(直)FAX:042-676-1220(代)
 E-mail:seminar@seminarhouse.or.jp
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