大学セミナーハウスより: 堂満一成様のエッセイに寄せて
「出会いの丘へようこそ」。
大学セミナーハウスが大切にするこのメッセージは、訪れる方々がここでかけがえのない出会いをし、豊かな人生の転機を見出すことを願うものです。
今回ご寄稿いただいた堂満一成様のエッセイ「セレンディピティの軌跡」は、まさにその「出会い」の力を鮮やかに物語っています。セミナーでの出会いが、その後の職業選択、友情、そして現在の活動へと繋がる様子は「セレンディピティ」そのものです。
このエッセイを読んだ皆さんが、大学セミナーハウスで有益な出会いを経験してくださることを心から願っています。
大学セミナーハウスが大切にするこのメッセージは、訪れる方々がここでかけがえのない出会いをし、豊かな人生の転機を見出すことを願うものです。
今回ご寄稿いただいた堂満一成様のエッセイ「セレンディピティの軌跡」は、まさにその「出会い」の力を鮮やかに物語っています。セミナーでの出会いが、その後の職業選択、友情、そして現在の活動へと繋がる様子は「セレンディピティ」そのものです。
このエッセイを読んだ皆さんが、大学セミナーハウスで有益な出会いを経験してくださることを心から願っています。
セレンディピティの軌跡——大学セミナーハウスから広がった多言語と多文化の30年
堂満一成(NHK国際放送局チーフディレクター)
1. 迷いの中で出会った「地球時代の生き方」への問い
筆者・堂満一成さん
1992年11月13日、私は東京都八王子市の丘の上にある大学セミナーハウスを初めて訪れました。大学セミナーハウスの象徴ともいえる本館──ル・コルビュジエの弟子によって設計された美しい建築が出迎えてくれた当時、私は東京大学大学院農学系研究科の博士課程1年目の24歳。家から研究室への行きかえりや余暇で、司馬遼太郎や海音寺潮五郎の歴史小説やNHKの歴史番組に熱中していた日々は充実していたものの、学術研究の方向性については迷いの中にいました。そんな折、大学構内でふと目にした1枚のポスターが、私の人生を大きく動かすきっかけとなりました。
それが、大学セミナーハウスで開催される「第19回国際学生セミナー4回シリーズ 地球時代の生き方を求めて(3)『国境は越えられるか』」というセミナーの案内でした。正直なところ、当時の私は「国境」という言葉に、あこがれもありつつ、どこか遠い世界の話のような印象も持っていました。しかし、研究の行き詰まりと将来への迷いから「何か人生を飛躍させるヒントを得たい」という思いが勝り、思い切って参加を決めたのです。
それが、大学セミナーハウスで開催される「第19回国際学生セミナー4回シリーズ 地球時代の生き方を求めて(3)『国境は越えられるか』」というセミナーの案内でした。正直なところ、当時の私は「国境」という言葉に、あこがれもありつつ、どこか遠い世界の話のような印象も持っていました。しかし、研究の行き詰まりと将来への迷いから「何か人生を飛躍させるヒントを得たい」という思いが勝り、思い切って参加を決めたのです。
2. 運命を変えた三つの出会い
セミナーが行われる会場の参加者は、海外経験の多い大学生や外国人留学生も多く、どこか非日常的で、行き詰った研究室の環境から切り離してくれるような空気が流れていました。ここで私は、人生を変える3つの出会いを経験しました。
第一の出会い ~メディア業界への道しるべ~
セミナーの講師の一人が、NHK国際放送局のチーフディレクターであり、ジャーナリストの田辺寿夫さんでした。田辺さんは、NHKで海外向けの発信を担当されるビルマ語放送業務のかたわら、アウンサンスーチーに関する本など複数の著書を出版されていたビルマ研究の第一人者でもありました。放送や出版を通じて発信する華麗な活動の様子や、自由な服装で自分らしく生きる姿に、私は強い憧れを抱きました。学術研究に行き詰まりを感じていた私には、メディアを通じて歴史や国際問題を発信できる可能性が、新たな道として見えてきたのです。この出会いが、後にNHKを志望する直接的なきっかけとなりました。
第二の出会い ~台湾からの留学生との30年の交流~
上:インドの重ね蒸しスパイシーご飯『ビリヤニ』
下:多言語・多文化の仲間の輪が広がるビリヤニ・バーベキュー(2025年6月1日開催@駒場野公園)
筆者の右上が台湾出身の夏木龍一さん
もう一つの重要な出会いが、4歳年上の台湾出身の留学生、林錫宏さんとの交流でした。台湾から長崎大学に留学し、セミナー後に東京の電子部品商社に就職、その後独立して立ち上げた会社は、中国をはじめとする国際的な取引で実績を積み上げ、現在では山手線内に自社ビルを構えるまでになりました。中国東北部出身の中国残留日本人孤児の娘さんと結ばれ国際的な家庭を築き、いまでは日本国籍を取得して、夏木龍一さんとなりました。30年以上経った今も情報交換や相談をし合う関係です。夏木さんの人生は、まさにセミナーのテーマ「国境を越える」ことの可能性と現実を私に示してくれました。
第三の出会い ~環境問題への参画~
さらにセミナーを通じて知ったA SEED JAPANという環境問題の学生運動にも参加することができました。彼らは、環境問題に真剣に取り組み、国際的なネットワークを持ちながら、地球規模の課題解決に挑んでいました。私はそれまで、研究室と自宅を往復する日々で、社会の大きな流れや国際的な課題に目を向ける余裕がありませんでした。しかし、同世代の学生たちが自分の言葉で環境問題を語り、活動している姿に大きな刺激を受けました。セミナー後、私はA SEED JAPANの活動にボランティアとして参加し、学外でのネットワークや社会との接点を持つことで、自らの行動で社会と自己の変容を図るマインドセットにつながり、人生を飛躍的に豊かにしてくれました。
3. セミナーがもたらした人生の転機と語学への道
大学セミナーハウスでの経験は、その後の私の人生に多大な影響を与えました。1994年、いったん研究者・大学教員への道から外れNHKに入局しました。課題設定の力とリサーチ力、そしてネットワーキングの力を付けるためです。国際的に活躍する田辺さんの姿と歴史番組へのあこがれが導いてくれた人生の進路でもあります。入局の5年後には念願の歴史番組の制作を担当することができ、学生時代からの夢の一端を実現することができました。NHKでの仕事は、私に新たな語学の扉も開いてくれました。2001年からは語学番組の制作を担当することになり、それから間欠的に15年間、中国語、韓国語、スペイン語、ベトナム語の番組開発に携わり、多くの外国の方々のお世話になりました。特に中国語の語学番組の制作では、毎日中国語に触れた結果、HSK6級という中国語政府公認テストの最上級を取得することもできました。また、韓国語についても「ハングル講座」という番組を担当したことで、基礎から学び直し、番組作りの中で講師やスタッフと韓国語でやりとりする機会が増えました。気づけば中級レベルに達し、韓国の文化や社会についても深く理解できるようになりました。さらに人生の妙といえましょうか、この当時の韓国語の達人でもある上司の導きで、2013年に、NHKラジオ日本として知られる国際放送局多言語メディア部所属となりました。この時、運命的な再会が待っていました。田辺寿夫さんとの再会です。セミナーハウスでの出会いから20年以上を経て、まさかスペシャリストだらけの職場で一緒に働くことになるとは、セミナー当時は想像もできませんでした。私はここでさらに多くの言語に触れることになります。インド亜大陸の言語であるヒンディー語とウルドゥー語の担当を6年間勤め、また「NHK華語視界・東京網播間」という中国語のテレビニュース番組で総合演出ディレクターも担当することができました。外国人ネイティブ向けの番組やニュース発信に携われるレベルに到達したことは、まさに「国境を越える」実感そのものでした。田辺寿夫さんとの出会いがなければ決して導かれることのなかった道です。田辺さんからも、世界を深く理解し、また世界へ様々な言語で発信することの意義を、現場で活躍される姿を通じて教えていただきました。異なる国の人々と外国語で心を通わせる経験は、私の人生観をさらに広げてくれています。
4. セレンディピティの場としての大学セミナーハウス
30年以上を経て振り返ると、あの2泊3日のセミナーが私の人生に与えた影響の大きさに改めて驚かされます。たまたま見かけた一枚のポスターとの偶然の出会いが、私の人生を大きく動かしました。職業選択、生涯の友人関係、そして現在、情報経営イノベーション専門職大学の客員教授となって「国際メディア論」を教える活動にまで、すべてにつながっているのです。
大学セミナーハウスは、まさに「セレンディピティの場」でした。セレンディピティとは、偶然の出会いから価値ある発見を生み出す能力のことですが、このセミナーハウスという空間が持つ特別な力がそれを可能にしたのだと思います。ル・コルビュジエの弟子が設計した象徴的な本館、多様な背景を持つ参加者たち、質の高い講師陣、そして何より「国境は越えられるか」という普遍的なテーマ。これらすべてが相まって、単なる学術的な議論を超えた人生を変える出会いの場となったのです。
これからも私は、ヒンディー語教科書の完成、インド関連書籍の執筆、歴史小説の創作など、さまざまな夢の実現に向けて歩み続けます。そして、大学セミナーハウスでの出会いは一過性のものではなく、30年以上にわたって私の中で育ち続けています。
大学セミナーハウスは、まさに「セレンディピティの場」でした。セレンディピティとは、偶然の出会いから価値ある発見を生み出す能力のことですが、このセミナーハウスという空間が持つ特別な力がそれを可能にしたのだと思います。ル・コルビュジエの弟子が設計した象徴的な本館、多様な背景を持つ参加者たち、質の高い講師陣、そして何より「国境は越えられるか」という普遍的なテーマ。これらすべてが相まって、単なる学術的な議論を超えた人生を変える出会いの場となったのです。
これからも私は、ヒンディー語教科書の完成、インド関連書籍の執筆、歴史小説の創作など、さまざまな夢の実現に向けて歩み続けます。そして、大学セミナーハウスでの出会いは一過性のものではなく、30年以上にわたって私の中で育ち続けています。
5. セミナーハウスへの感謝と応援のメッセージ
これからの時代、大学生や若者たちが「偶然の出会い」や「新しい視点」に出会える場はますます重要になるはずです。現代の学生たちも、研究や将来への不安、国際化への対応など、30年前の私と同様の悩みを抱えているはずです。AIやグローバル化が進む今だからこそ、人と人との出会いから生まれる化学反応、セレンディピティの価値はより一層重要になっています。
今回の再訪を通じて、あらためてこの施設の価値を実感いたしました。時代が変わり、大学生向けのセミナーが少なくなっている今だからこそ、こうした「偶然の出会い」が生まれる場を守り、次の世代へと継承していく必要があるのではないかと思います。
これからも、大学セミナーハウスの意義と魅力を広く発信し、応援の輪が広がっていくことを心から願っております。
今回の再訪を通じて、あらためてこの施設の価値を実感いたしました。時代が変わり、大学生向けのセミナーが少なくなっている今だからこそ、こうした「偶然の出会い」が生まれる場を守り、次の世代へと継承していく必要があるのではないかと思います。
これからも、大学セミナーハウスの意義と魅力を広く発信し、応援の輪が広がっていくことを心から願っております。



