セミナー・イベント

古田武彦記念古代史セミナー2018

セミナー実施報告

期間 2018年11月10日(土)~11日(日)
場所 大学セミナーハウス (東京都八王子市下柚木1987-1)
主催 公益財団法人大学セミナーハウス
共催 多元的古代研究会 東京古田会 古田史学の会
参加状況 85名

趣旨

 2004年から2014年まで、毎年11月上旬に、八王子の大学セミナーハウスに古田武彦先生をお招きして、1泊2日の「古代史セミナー 〜古田武彦先生を囲んで〜 日本古代史新考 自由自在」を開催致しました。その内容は、『TAGEN』、『東京古田会ニュース』、『古田史学会報』等に報告されています。更に、2004年から2012年までの内容は、平松健氏によってテーマ別に整理し直して編集され『古田武彦が語る多元史観』(ミネルヴァ書房)として刊行されています。その「はしがき」において古田先生は、「我が国の歴史教育を真実に戻すことが、この一書の役割である」と絶賛していらっしゃいます。また、セミナーの様子は西坂久和氏により完全収録され、西坂ビデオライブラリーに収められており、古田先生のあの情熱溢れるセミナーの様子はいつでも再現することが出来ます。
 あのセミナーの内容は、研究者達から「八王子セミナー」として頻繁に引用され続けています。このことは、あのセミナーの内容が豊富であり、学術的に重要であったことの証です。主催した者としては、これに勝る喜びはありません。
 古田武彦先生がお亡くなりになって3年が経過しましたが、この間も、古田先生に学んだ古代史学の研究者達による研究が活発に進展し続けていることは悦ばしい限りです。
 あの「八王子セミナー」と同じ場所で、同じ時期に、同じ日程で古代史セミナーを開催することを企画致しました。今回のセミナーは、タイトルを「古田武彦記念古代史セミナー」としました。その趣旨は、「〜古田武彦先生を囲んで〜」、つまり、古代史学の研究を進めるに当たっては、古田先生の方法論と業績を踏まえることが重要であると考えるからです。このセミナーにおいて、「古代史学における古田先生の方法論と業績を再確認」しながら、活発な研究交流が行われることを期待しております。
 このセミナーの企画に当たり、学術的な部分については多元的古代研究会、東京古田会及び古田史学の会に御検討頂き、大学セミナーハウスと共同で開催することに致しました。
(実行委員長・荻上紘一)
【実行委員】  
大墨 伸明  
橘髙  修  
齋藤 隆雄  
西坂 久和  
冨川ケイ子  
和田 昌美  
 

開会に当たり

大学セミナーハウス館長・鈴木康司

 2004年から14年まで、当セミナーハウスの中心的セミナーとして好評を得ておりました、古代史セミナーでありましたが、残念ながらその中心におられた古田先生のご逝去によってやむを得ず中止せざるを得なくなりました。
 幸いにして、古田先生のご業績をしのびその衣鉢を継いで古代史セミナーを復活したいという声が、先生を敬愛される方々から上がりました。特に、荻上現理事長をはじめ何人もの方が中心となって努力してくださいました結果、ご令息古田光河様のご了解のもとに復活セミナーが実現いたしました。実現までさまざまの努力を傾けてくださいました実行委員の方々、また共催者として加わってくださいました多元的古代研究会、東京古田会、古田史学の会にも厚く御礼申し上げます。
 ご参加くださった皆様のおかげをもちまして,今日、このような盛会となりましたことを主催者として心から感謝いたします。私自身は、専門がフランス演劇史であり、日本の古代史については全くの素人でありますが、古田先生のご業績のうち、「耶馬台国はなかった」や「好太王碑改竄否定」など学会を震撼させたものは、新聞や雑誌などで目にした記憶がございます。なによりも、学界におけるいわゆる定説や、昔から一般的に信じられてきた事柄を自分で再検証して確かめるという学者としての本道を歩まれておられるのに感動いたしました。
 それだけに今回、古田武彦記念古代史セミナーとして、この研究集会が再開されましたのを心から祝いたいと存じます。
また、この会の復活を記念して哲学者の山田宗睦先生の講演がございます。先生はご高齢にも拘わらず本日のお話しを快諾してくださいました。先生のご好意に厚く御礼申し上げます。どうぞ、皆様方には、二日間にわたるこの研究会で多岐にわたる成果を上げられますよう祈念して私のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。
 

ご挨拶――“古田武彦記念古代史セミナー2018”開催にあたって――

                                   古田光河

1、ご挨拶
 この度は父古田武彦の名の元このようなセミナーを企画頂き有難うございます。
 また開催場所は父が毎年楽しみにしていた「八王子セミナー」と同じ場所、時期である事も皆様のご配慮と感謝致します。
 そしてまず最初に、開催に向けて多大なご尽力を賜りました主催の公益財団法人大学セミナーハウス様、共催の多元的古代研究会、東京古田会、古田史学の会の皆様、実行委員長の荻上様及び実行委員の皆々様に厚く御礼申し上げます。
 又今回特別講演を頂戴する山田宗睦様、研究発表を頂戴する皆々様、聴講ご参加頂く皆々様に対しましてもこのような企画にご賛同賜りました事重ねて厚く御礼申し上げます。私も未熟ではありますが一聴講生として勉強させていただきたいと楽しみにしております。

2、「古田史学」について
 さてそういった中、誠に僭越ではございますが遺族として古田武彦亡き後に感じている事を少しだけ述べさせていただこうかと思います。
 それは“古田武彦は死んだ”そして同時に“「古田史学」は終幕した”という紛れも無い現実です。これは残念ながら議論の余地の無い事実であります。なぜなら、古田武彦は一切口をつぐんでしまったからです。ジ・エンド。
 しかし他方「古田史学」の継承、発展というスタンスに立つなら私共遺族を含め残されたものにできる事は、以下の2点であるとも思っております。

 (A)古田武彦の切り開いたもの、古田武彦が主張する方法論と歴史の真実(歴史観)は何だったのか?それをあらためて明確にしより多くの賛同者を得て行く事。
 (B)古田武彦の歴史観、方法論をベースに古田武彦の考えていた歴史観の補完や修正をしていく事、また古田武彦が辿り着けなかった新たな歴史観を開拓していく事。

 この2点であります。この事が為されて行くのであれば皆様のお力で古田武彦は永遠の生命を授かる事になろうかと思います。
 しかしながらその様な中(B)において肝要な事は以下であると思っております。
 まずは“古田武彦の方法論に依って行われる事”であります。「古田史学」の継承、発展 というスタンスであるにも拘わらず、古田武彦の歴史観の修正や新たな歴史観の開拓が“古田武彦の採った方法論以外の方法で行われる”のであるならそれはあたかも古田武彦が行っていたサッカーの試合において、古田武彦の死後突然ボールを手で持って走り出しゴールを目指すようなものだと思います。それは全く別のゲーム、別の方の手法による全く別の歴史観として語られるべきものでありましょう。
 そして次に“(B)は残念ながら断じて「古田史学」では無い”という事です。何故なら(B)に関しては古田武彦が賛成も反対も出来ないからです。それは、古田武彦の主張で無いのは明らかでありますから、その古田武彦の遺志を継いでいただく方の御名前を冠した主張であったり、取分けそれが“新たな歴史観の開拓”であった場合に及んではそういった趣旨の新たな会の名称の元“「古田史学」を踏襲するものではあるが古田武彦の主張とは異なる新しい学説”という形で発展して行っていただくべきものであると思います。
 尚、蛇足ながら誤解無きように付け加えますと(B)について否定している訳では全くございません。むしろ父親も(B)については“是非よろしく頼む”と申していると思います。遺族として“古田武彦の主張していない事を「古田史学」の名の元に語っていただきたくない”ただそれだけの趣旨でございます。もし古田武彦が主張していない歴史観を「古田史学」の名の元に語られる方がおられたとするならば、その内容の真偽に拘わらずその時まさに“古田武彦は二度死ぬ”でありましょう。
 皆々様はご縁があり生前古田武彦の方法論とその歴史観に少なからず賛同していただいた方々の集まりであると認識しております。そうであるのならば是非古田武彦に永遠の生命を賜わらんことを切に願う次第であります。
 ご挨拶という場所をいただいたにもかかわらず冒頭に不躾なお願いになりました。何卒遺族としての思いをご理解賜りお赦しいただくようお願い申しあげます。
 本セミナーが大盛況に終わり、「古田史学」の継承、発展の方向性がより一層鮮明になり、そして今後の皆々様のご研究が益々進展されます事を祈念致しましてご挨拶とさせていただきたいと思います。
 

特別講演「ユーラシア世界史と倭人」
                          山田宗睦先生(哲学者)

研究発表

 古田武彦先生が他界された後も先生に学んだ方々が各地で研究を継続している。研究発表では3つのテーマに分けて、2日間にわたり次の通り15人の方からの発表があった。その詳細は、発表原稿(PDFファイルにリンク)をご覧ください。

Ⅰ 和田家文書の世界

Ⅱ 倭国から日本国へ

Ⅲ 自由テーマ

情報交換会

 夕食後の情報交換会では、古代史学の研究者グループの代表者からの活動報告があった。その後は、ビデオ放映と参加者同士の情報交換の場となった。