利用者の声

「古田武彦記念古代史セミナー2018」に参加の栗原裕様のエッセイを転載させていただきました。

利用者 「古田武彦記念古代史セミナー2018」に参加の大妻女子大学前副学長 栗原裕様
利用期間 2018年11月10日(土)~11日(日)
利用内容 古田武彦記念古代史セミナー2018

大学セミナーハウスより

 2018年11月開催の「古田武彦記念古代史セミナー2018」に参加された大妻女子大学前副学長の栗原裕様がエッセイ同人『チャターボックス』38号(2018年12月)に執筆した「再訪」を転載させていただきました。
「再訪」には約半世紀前の開館間もない頃に訪れた大学セミナーハウスの思い出と今回の「古田武彦記念古代史セミナー2018」に参加した時の事柄が随想として綴られています。
 当法人のホームページに掲載させていただきありがとうございました。
またのご来館を心よりお待ちしております。

大妻女子大学前副学長 栗原裕様 執筆の「再訪」

再  訪
栗原 裕
 朝食を終えて引きあげてくるとき、似たような年恰好の人が遠くを見渡しているから声をかけたら、
「あの白い道が絹の道ですよ」
とのこと。視線の先を見ると、なるほど舗装されて白く見える道がある。横浜まで絹を運んだ道だというが、それなら始発はわが故郷の上州かもしれない。調子に乗って聞くと、それには答えず、
「シュリーマンが通ったと伝えられています」
と。咄嗟にうまく反応ができなかったら、シュリーマンを知らないと思われたか、
「トロイの遺跡のシュリーマン、あそこに碑もあります」
「古田先生の研究の原点にある考古学者ですよね」
と、なんとか持ち直した。
 朝食前に散歩をしてきたと言うから、あそこまで足を伸ばしたのであろうか。手前に大規模な住宅地が見えるから、見当で、あれが北野台でしょ、西部系の会社が開発したいい住宅地ですね、などと言ったところ、即座に、この間まであそこに住んでいたんだ、という返事である。なんだ、地元の人であったか。
 昨日から一晩泊まりで八王子の大学セミナーハウスに来ている。古田武彦先生の晩年、毎年この時期にここで市民の古代史研究者たちが先生から教えを受けてきた。大学セミナーハウスの主催であった。先生亡きあと三年間は中断していたが、今秋「古田武彦記念古代史セミナー2018」として再開したのである。昨日は山田宗睦氏の特別講演と初日分の盛り沢山の研究発表と、夜は報告と談論で息をつく暇もないほどであった。当方は新参、はじめての参加である。先生の著作は最初から読んでいたが、お目にかかる機会がないままであった。
 それはそれ。この大学セミナーハウスには以前一度来たことがある。ほとんど半世紀前、指導の先生に引率されて日帰りでセミナーを体験した。大学生のときだと思い込んでいたら、それはたぶん違う、とセミナーハウスの理事長から言われてしまった。1960年入学64年卒業であるが、その施設の設立は65年なのだそうで、あとでリーフレットをみたら2015年に50周年を迎えたとある。そうとすれば大学院に入ってからのことであったのか。いずれにしても、施設出来立てのほやほやを利用したことになる。
 それならそうに違いないが、わが回想の中の大学セミナーハウスはバンガロー風の小屋が点在していたのと、由緒ありげな野猿街道という名称と未舗装の田舎道だけである。お粗末な記憶の極まるのは、この施設の本館なる建物が記憶されていないことである。この奇妙奇天烈な建物は当初から本館であったそうで、見たら忘れるはずがない、とまた言われてしまった。
 利用した人は知ってのとおり、四角錐をひっくり返し、尖った先を地中に突き刺しているのである。先端が突き刺さっていなければ、回転でもしていないかぎり立っていられない、そういう建物である。その後の地震にもめげずに立っているところを見ると、大丈夫なように出来ているのであろうが、自然の山を見ればわかるとおり、土台の方が広く上に行くほど狭くなるのが安定というものだ。
 半世紀50年の歳月は遠くて遙かである。この奇妙な建物も見てはいたろうと思う。けれども完全に記憶から抜け落ちている。なにかよからぬ抑圧が働いていたのだろうか。幼い頃から運動会と遠足が好きでなかったから、このときも遠足と勘違いしたか。いつものセミナーなら、いつものセミナー室でやればすむ。はるばる不便な八王子まで出向くのがいやだったのかもしれない。それにしても、子どもでもあるまいし。
 当初のバンガローはすべて建て替えられているという。増築された建物も多い。食堂は新築間もなくて木の香も芳しい。宿所は各種取り揃えてある。非公式解説によれば、利用者本位の視線を徹底し、施設設備を清潔にしたこと、教えてやるという押しつけがましさを払拭したことが大きな改革であったという。経営状態もそこそこ。
 こんな話に及んでしまうのは、この機関の責任者が私の勤め先であったところで学長をし大学評価について手ほどきをしてくれた人であるからだ。バリア・フリーは十分ですか。峠の起伏に7万平方メートルの敷地で、障害手前の高齢者には険しい立地であるけれども、このたびの集まり、地元はもとより、北海道、九州、四国からも参加し、総勢85名、大半は6、70代の健脚だ。この程度の登り降りに耐えないようでは、頑迷固陋の日本の古代史学界を打破できない。
(英文学者 大妻女子大学前副学長)
 【エッセイ同人『チャターボックス』38号(2018年12月)所載】