ご利用者の声

埼玉大学福岡ゼミ 様

2013年8月26日~28日ご利用

いまは懐かし、毎年二回のゼミ合宿

埼玉大学名誉教授 福岡 安則

春が近づいてくると、そろそろ「ゼミ合宿」だなと、気がそぞろめき始める。
1992年6月に埼玉大学に赴任して、その年、夏のゼミ合宿は、たしか河口湖畔の施設を利用したが、ゼミ生の半分が新宿の集合場所に約束の時間に現れない。それに懲りて、近場で現地集合に限る、と意を決し、以来「ゼミ合宿」には、もっぱら八王子の「大学セミナーハウス」を愛用させていただいた。春は一泊二日、夏は二泊三日。しかし、この年中行事も、わたしが2013年3月末で埼玉大学を定年退職となり、一年間だけは非常勤でゼミをもっていたので、2013年の夏に最後のゼミ合宿をやったが、それもお仕舞いとなった。ちょうど20年、ほぼ40回、お世話になったことになる。
最初のころの記憶として残っているのは、朝昼晩三食ともに「ニラ」が出て、いささか閉口したということだ。しかし、食堂の両サイドを見ると、「思想は高潔に、生活は質素に」「Plain Living and High Thinking」と、ワーズワースのことばが、ご丁寧に英語と日本語でそれぞれ額に掲げられている。これには、まいりました。文句の言いようがない。---でも、この記憶は、1990年代前半だったのか、それとも、1960年代後半にわたしが自分のお師匠さんの見田宗介先生に連れられて、セミナーハウスに来たときの体験だったのか、いまは定かではない。
ただ確かなのは、わたしのゼミ合宿のやり方は、見田先生のやり方をそのまま踏襲したものだから、朝から夜まで「勉強」だけ。遊びの時間がゼロだということだ。一度だけ、埼玉大学の協定校、オーストラリアのモナシュ大学からの交換留学生に、面と向かって、「勉強だけで遊びの時間を設けないのは、間違っている」---ひょっとしたら、彼女は「人権侵害だ」という表現を使ったかもしれない---と抗議され、じゃあ、と、午後の2時間を「自由」にした覚えがある。何人かの学生たちは、その時間にテニスにうち興じたようだ。わたしは、もちろん、昼寝をした。
わたしが「ゼミ合宿」に際して、かならず学生たちに言ったのは、「大切なのは、自分のレポートを報告するだけではなくて、他の学生たちのレポートを、そのテーマを自分だったらどう展開するかという構えで聞くこと。囲碁の岡目八目ではないけど、ひとのレポートの弱点はよく見える。友達のレポートは、褒めるものではなく、批判するものだ。その批判の言葉が自分に返ってくることで、社会学をする方法が磨かれていく」ということだ。
普通の学生は、三年の春、三年の夏、四年の春と三回の「ゼミ合宿」を経験する。この三回を、わたしの言葉を受け止めるかたちで参加した学生たちは、みんな、見事な卒論を書き上げて卒業していった。なかには、事情はあったのだろうが、日帰りで自分のレポートを発表するだけという、ちょっと横着な参加の仕方だった学生たちもいた。そういう学生が「いい卒論」を仕上げることは、まずなかった。
そうそう、セミナーハウスの大事な思い出が、もうひとつある。1994年12月に、セミナーハウス主催の二泊三日の「第165回大学共同セミナー」を、佐伯胖先生とわたしが運営委員として、佐藤郁哉氏、茂呂雄二氏、山崎敬一氏とならんでわたしも講師として加わり、「フィールドワークの実際」というセミナーを開催したことだ。わたし自身は、そこで「生活史の聞き取り」というプレゼンテーションをおこなったが、このときのノートが元になって、『聞き取りの技法---〈社会学する〉ことへの招待』(創土社、2000年)という本を出すこともできた。
大学セミナーハウスは、わたしの大学教員生活にとって思い出深き場所のひとつである。わたしがゼミ生と一緒にセミナーハウスを訪ねようと訪ねまいと、本館の真ん前の枝垂れ桜は、きれいな花を咲かせているにちがいない。

福岡先生(右)とセミナーグループのI課長(左)
(2013/8/28 本館正面にて)

福岡先生、20年間に渡り、毎年ご利用いただき、本当にありがとうございました。福岡先生のような先生方のご利用によって、当ハウスは支えられています。これからも多くの先生方、学生の皆さんにご利用いただけるよう、精一杯、努力して参ります。どうぞ、よろしければ春には枝垂れ桜、秋には紅葉…四季折々の自然の美しさを愛でに、遊びにいらしてください。お待ちしております。
 (大学セミナーハウス・職員一同)