セミナー・イベント

第3回新任教員研修セミナー

実施報告

期間 2013年9月2日(月)~4日(水)2泊3日
場所 大学セミナーハウス (東京都八王子市下柚木1987-1)
主催 公益財団法人大学セミナーハウス
共催 公益社団法人学術・文化・産業ネットワーク多摩

趣旨

各大学では、それぞれの実情に応じて、様々なタイプの新任教員研修が実施されていますが、実際に行われている授業の教育内容や方法にまで踏み込んだ研修を実施している大学は希であるように思われます。
 一般論としては、各授業の教育内容と方法は、各大学の建学の理念(教育目的)、各教育課程の到達目標、その授業のカリキュラム上の位置と、その授業を受ける学生の平均的学力と当該学問分野に関する既習の知識・技能との関係によって定まると言うことができます。
 ユニバーサル・アクセスの時代を迎えた現在の大学には、たとえば、入学者選抜方法の多様化による平均的学生層の学力と学習意欲の低下、学習に集中できない学生の増加、就職活動の長期化に伴う実質的な学修時間の減少、卒業生の資質(即戦力)に対する社会的要請の高まり、長期不況下の就職難による学生の目的喪失など、シラバスの作成や実際の授業実施に際して考慮すべき多くの困難が介在しています。私たち大学教員は毎日の授業の中で、恐らく20年前の教員なら予想することも出来ないような事態に直面し当惑していると言えましょう。
 しかし、見方を変えれば、多様な学生が大学教育を受ける機会が拡大したことと、大学と社会の新たな関係の構築が模索されているということは、大学教員にとって創造的な転換へと動き出すチャンスであると考えることも可能です。
 周知のように、大学教員研修の重要な課題の一つとして授業開発があり、主として教育方法に関する研修が行われてきました。しかし、この種の研修が念頭に置いていたのは、主として知識・技能伝達型授業であり、いかにして学生に、一定程度の知識・技能を習得させるかを直接の目的としていたように思われます。これに対して、ユニバーサル・アクセスの時代の授業開発の目的は、いかにして種々の困難を克服して学生の学習意欲を高め、能動的に授業に参加させるかにおく必要があるように思われます。
 言い換えれば、中央教育審議会の答申等に見られるように、自ら問題を発見してそれを解決するという課題探求能力の育成が、現在の大学教育の課題とされています。しかし、この課題を解決するためには、まず眼前の様々な困難を実践的に克服しなければなりません。そのための適切な方策は、何よりも同じ悩みを共有する同僚教員の相互研修であると考えます。そして、そこには新たな時代にふさわしい大学教育のあり方を探るうえでの重要なヒントが見つかるかもしれません。
大学セミナーハウスは、大学教員相互の交流を図ることによってわが国の大学教育の向上・発展に寄与することを目的としており、その一環として今年度も学術・文化・産業ネットワーク多摩との共催で国公私立大学の枠を越えた合宿形式の新任教員研修を企画しました。

 【今回のセミナーの到達目標】
 1.    ユニバーサル・アクセスの時代の大学教員にふさわしい教育方法をある程度身につけること

 2.    所属大学(学部)の教育目的と受講学生の能力とニーズに見合った内容を持つ授業を構想し実施するための必要最小限の能力を
   習得すること

 3.    前期(春学期)の授業に対する学生の授業評価に基づいて、学生が不満に思う事項を改善するための実行可能な方策を見出すこと

◆ プ ロ グ ラ ム(予定) ◆

第1日 9月2日(月)≫
13:00   開会
    大学セミナーハウス館長/新任教員研修セミナー運営委員長 荻上 紘一
13:10~13:40   大学教員の基礎
    学術・文化・産業ネットワーク多摩学長/明星大学学長 小川 哲生
13:40~15:40   グループ討論1:アイスブレイクと問題意識の共有 
16:10~18:50   シンポジウム現代大学教育論
     困難を抱える学生の理解のために-いま、私たちにできること-
    明星大学学生サポートセンター長 村山 光子
     現代学生の学習観、そして学生の背中を押す取り組み
    大妻女子大学社会情報学部教授 生田 茂
     
           【コーディネーター】明星大学人文学部教授 菊地 滋夫
19:00~20:30   夕食・情報交換会
≪第2日 9月3日(火)≫
9:30~11:00   シラバスと授業設計
    慶應義塾大学総合政策学部教授 井下 理
11:10~12:40   【私の授業1】学生参加型授業の実践
    明星大学人文学部教授 菊地 滋夫
13:30~15:20   【私の授業2】大人数教室での効果的な授業運営方法
    桜美林大学リベラルアーツ学群教授 荒木 晶子
15:40~17:40   グループ討論2:学生授業アンケートを授業改善に活かす
    【コーディネーター】電気通信大学情報理工学部教授 史 傑
19:00~20:30   セミナーハウスカフェ
≪第3日 9月4日(水)≫
9:30~11:40   パネルディスカッション
 大学教員に必要な資質とは-こういう教師に私はなりたい-
            【コーディネーター】大妻女子大学社会情報学部教授 生田 茂
11:40~12:00   閉会(修了証書授与)

◆ 参 加 状 況 ◆

明星大学(6)、工学院大学(3)、大妻女子大学(3)、桜美林大学(2)、中央大学(2)、国際基督教大学(1)、電気通信大学(2)、社会医学技術学院(4)、札幌市立大学(3)、椙山女学園大学(3)、共立女子短期大学(2)、志學館大学(2)、中央学院大学(1)、東京女子大学(1)、東海大学(1)、同志社大学(1)
(計37名、16校)
 

◆ 講 師 ◆

小川 哲生
【経歴】
  早稲田大学(博士課程)、明星大学講師・助教授・教授、人文学部長、副学長を経て、現在は同大学学長
【専門領域】 教育学(教育思想)
【主な活動や著書】
  学術・文化・産業ネットワーク多摩会長他。『教育方法学』、『社会教育課題研究』など。
 
村山 光子 【経歴】
  中央大学大学院総合政策研究科修了後、民間企業から明星大学へ転職。明星大学秘書課、学生支援センター等を経て、現在は学生サポートセンター長
【専門領域】
  学生支援、学生相談(産業カウンセラー、特別支援教育士、スチューデントコンサルタント)
【主な活動や著書】
  2007年から発達障害を有する学生の支援「STARTプログラム」を運営、各大学のFD/SD研修会講師などを担当。

◆ 運 営 委 員 ◆

荻上 紘一
(委員長)
【経歴】
  東京都立大学教授・同理学部長・同総長、大学評価・学位授与機構教授を経て現在は大妻女子大学学長。
【専門領域】
  元数学者、大学評価の実務
【主な活動や著書】
  中央教育審議会委員、大学設置審議会委員、独立行政法人評価委員会委員等を歴任。
 
荒木 晶子  【経歴】
  サンフランシスコ州立大学大学院(コミュニケーション学修士)、スタンフォード大学客員研究員を経て、現在は桜美林大学リベラルアーツ学群教授
【専門領域】
  スピーチコミュニケーション、異文化コミュニケーション
【主な活動や著書】
  『自己表現力の教室』、『口語表現ワークブック』、『異文化コミュニケーション・ワークブック』、『異文化接触の心理学』『自分を活かすコミュニケーション力』など。
 
生田 茂 【経歴】
  東京都立大学、筑波大学を経て、現在は大妻女子大学社会情報学部教授
【専門領域】
  教科教育(理科、情報)、特別支援教育、教育工学
【主な活動や著書】
  音声や動画を活用した「困り感」をもつ児童生徒の自立活動、学習支援の活動
 
井下 理 【経歴】
  シカゴ大学M.A、慶應義塾大学大学院博士課程修了。東京国際大学助教授、慶應義塾大学総合政策学部助教授を経て、1995年より教授。慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部元部長
【専門領域】
  社会心理学、マーケティング・コミュニケーション
【主な活動や著書】
  大学教育学会常任理事、京都大学高等教育研究開発推進センター外部協力者他。『グループ・インタビューの技法』『非営利組織のマーケティング戦略』『ソーシャルマーケティング』など。
 
菊地 滋夫  【経歴】
  東京都立大学博士(社会人類学)、明星大学教授、同学長補佐
【専門領域】
  東アフリカ海岸地方の宗教・権力・ジェンダーについての社会人類学的研究
【主な活動や著書】
  日本文化人類学会、日本アフリカ学会、日本ナイル・エチオピア学会、初年次教育学会会員。『文化人類学を再考する』(共著)、『アフリカの都市的世界』(共著)、『呪術化するモダニティ』(共著)など。
 
史 傑
(Shi,Jie)
【経歴】 
  中国、シンガポールの大学を経て、国際基督教大学で教鞭を執った後、現在は電気通信大学情報理工学部教授(英語)
【専門領域】 
  英語教育学、社会言語学、ESP、FD/PD
【主な活動や著書】 
  全国語学教育学会、大学英語教育学会、アジア英語学会、IEEE-PCS、国際マルチリガリズム学会会員。『近年の中国高等教育政策の改革』『理工系大学生のためのEFLカリキュラムデザインの実践とジレンマ』『日本におけるマルチリンガリズムについての研究』『FD-大学教員養成の要』など。

◆ 当 日 の 様 子 ◆

開会挨拶

【講演】大学教員の基礎

運営委員長・大妻女子大学学長 荻上紘一

公社)学術・文化・産業ネットワーク多摩会長・明星大学学長 小川哲生

参加者自己紹介・グループ討論1

シンポジウム:現代大学教育論

シラバスと授業設計

学生参加型授業の実践

慶應義塾大学総合政策学部教授 井下理

明星大学人文学部教授 菊地滋夫

大人数教室での効果的な授業運営方法

学生授業アンケートを授業改善に活かす

桜美林大学リベラルアーツ学群教授 荒木晶子

電気通信大学情報理工学部教授 史傑

パネルディスカッション 大学教員にとって必要な資質とは-こういう教師に私はなりたい-

修了証授与

集合写真

(右)大学セミナーハウス館長 鈴木康司

【講堂にて】

◆ 参 加 者 の 声 ◆

◆ 大学教育を見つめなおす『きっかけ』 ◆
中央大学理工学部准教授 鈴木 宏明
 
 中央大学に着任し、今回新任教員研修セミナーに参加させていただいたが、私は教員としては新人ではなく、前任の2校で計10年の大学教員としての経験があった。従って、これまでにもFDセミナーに参加したことはあったが、今回のセミナーはあらゆる点でこれまでとは違っていた。
 まず、3日間、山中の合宿所(失礼)に詰め込まれて、朝から晩までみっちりと組まれたスケジュールに参加する。学会でもシンポジウムでも、途中で抜けたり、メールで内職するこのご時世にあって(学生の授業態度の事ばかり言えません)、他のあらゆる仕事や用事をストップしてここまでひとつの事に時間を使う機会は少ない。そこでは、小グループに分かれて、教育はどうやったら改善できるか、授業はどうしたら集中して聞いてもらえるか、といった内容をいろいろな観点からディスカッションする。正直、正解のない、または解が非常に多岐にわたる問題ばかりである。文系・理系の二分論はナンセンスな面もあるが、それでも敢えて言えば、理系の講義や研究生活でこの類の議論は少ない。また、他大学・異分野の教員たちと話をする滅多にない機会である。それぞれの立場や環境を聞くだけでも面白い。大学や分野の違いはもとより、大学教員は一般の就活をしてなるわけではないので、いろいろな経歴の人がいる。
 個別のプログラム内容を無視した感想で恐縮だが、本セミナーは、決して答えを見つけに来る場所ではない。教育では、長所と短所、利点と問題点が表裏一体になっているケースも多く、多くの状況に有効な解は存在しない。効果的な授業の仕方、学生に授業を集中して聞いてもらう方法、困難をかかえる学生への対応など、様々なトピックについて講師や参加者から考え方や対処方法のヒントを学び、自分で試行錯誤するためのきっかけを得る機会なのである。新任教員といえども非常に忙しいこのご時世、あえてこの「合宿」に参加して、大学教員としてのこれまでと今後を考えてみてはいかがだろうか。最後に、このセミナーを企画・運営してくださった先生方、またセミナーハウス職員の方々に深くお礼申し上げます。

 
◆ 効果的な授業法の理論を学び学生の立場から体験できる ◆
国際基督教大学 教養学部 アーツ・サイエンス学科 経済学・経営学メジャー准教授 金子 拓也
 
 学生に戻った気分で、あっという間に全プログラムが終わりました。それだけ内容が充実していました。加えて、講師を務められた先生方の教授テクニックにも、聴者を飽きさせない工夫がふんだんに盛り込まれていたように思います。講義の内容と方法、学生の学ぶ姿勢の3つが機能的に連動してはじめて、有益な授業を運営できることを実感した3日間でした。以下では特に興味深かったお話を3つ紹介します。

(1) 菊池滋夫先生による 「学生参加型授業の実践」では、ご自身のこれまでの授業方法の変遷と、近年巡り合い実際に授業に取り入れているBRD法が解説されました。先生の授業を履修する学生は、授業中に短い映像を見て、そこから数ページに及ぶレポートを完成することが求められるそうです。そのため、学生は予備知識を蓄えるために自然に予習するようになり、とても活発なグループディスカッションが展開されているとのことでした。また、授業を通じて、内容に対する理解が深まるばかりでなく、付随して、文章力やコミュニケーション能力の向上も見られるとのお話もありました。私も早速、秋学期から取り入れようと思っています。

(2) 荒木昌子先生による「大人数教室での効果的な授業運営方法」では、ひとにはそれぞれ得意な学習形式があること、教員側は、自分の得意な学習形式に合う授業方法を効果的と思い込み、淡々と進めてしまう傾向があること、特に大人数教室では、複数の学習形式を組み合わせることで、多くの学生にとって効果的な授業を展開できるとの解説がありました。また、成績の評価方法についてもお話があり、ご自身が実際に使われているヒートマップ形式(成績の状態を色の違いで表現した分布図)の評価シートも見せていただきました。大変参考になりました。これについても、秋学期から取り入れる予定です。

(3) 村山光子講師による「困難を抱える学生の理解のために」では、勤務大学での、発達障害を抱える学生に対する支援事例が紹介され、まずは、現状を窺い知ることができました。こういった取り組みは既にほかの大学でも進んでいるそうで、学生に有効な学習環境や支援を提供するには、教員として、理解をより深める必要性があることを強く認識しました。大学に持ち帰って、内容や問題意識を共有し、既存の支援体制の見直しの際に、役立てたいと考えています。また、教員間の連携を強め、学生に関する情報を共有することでも簡単に、支援体制を強化できる気もしています。今後の議論にとても有意義な内容でした。

 このセミナーの参加を通じて、同じような立場で、教員生活のスタートを切った素晴らしい仲間たちに出会うことができました。所属する大学や研究分野を超えて、たびたび交流の場が持たれ、とても楽しい会話が深夜まで続きました。今後も、近況をアップデートできるような会が定期的にあることを望んでいます。最後に、このセミナーの企画・運営に携われた関係者の皆様に心より感謝申し上げます