セミナー・イベント

憲法を学問する Ⅴ
-憲法理論をまもる―樋口陽一『憲法』1992〜2021-

実施報告

期日 2021年11月27日(土)
開催形式 Zoomを用いたオンライン
会場 Zoomミーティングルーム
対象 大学生(大学院生、留学生を含む)、社会人
主催 公益財団法人大学セミナーハウス

参加状況 :39名:20名(11大学)、19名(社会人)

津田塾大学1名、立命館大学2名、京都大学1名、国際基督教大学1名、千葉大学1名、早稲田大学3名、大阪経済法科大学1名、東京大学6名、福島大学1名、放送大学1名、北海道大学2名

【開催趣旨】

 自由民主主義的憲法であるワイマール憲法を素材として、「憲法理論」という知のかたちを示してみせたカール・シュミットは、次のように述べて、「昨日の世界」(シュテファン・ツヴァイク)に形成された彼の「憲法理論」を、まもりつづける選択をした。初版のはしがきを綴った1927年12月から、はや30年の歳月が流れていた。
 「異なる憲法どうしの比較対照の作業は、ほんものの体系的な見とおし図を手中にしている場合にのみ、有意義である。なぜなら、特殊な思惟モデルについての法学的認識は、そうした見とおし図を通じてのみ可能になるのだから。この意味での体系化に成功した書物は、これぞ典型と呼べるものが存続している限り、時の流れとともに生成する無数の憲法テクストを追いかける必要がない。典型をより明瞭にきわだたせるためには、ここでは後追いの作業をさしひかえる方が、むしろ正しいといい得るだろう。」(カール・シュミット『憲法理論』戦後版はしがき、1956年3月)
 処は変わって極東の日本。いわゆる55年体制の最後の年、1992年の春先に、「憲法理論」という自負を秘めつつ上梓されたその本もまた、「見とおし図」を30年間にわたって維持してきた。冗を去り簡に就いた装幀さながらに、時代の流行には一切おもねることもなく。
 復活なった今回の「憲法を学問する」は、久方ぶりに最新版が公刊されたばかりのその本『憲法(第4版)』(勁草書房)をてがかりに、「憲法理論」という知のあり方と、それを「まもる」ということの意味について、参加者とともに考えてゆく。素材としての日本国憲法の勉強になるのはもちろんのこと、1冊の本を精読するということの愉しみや、これまで信じて疑わなかったことの自明性が覆される快感、まさしく学問の醍醐味を感じられるような1日にしたいと、講師一同大いに張り切っている。(石川健治企画委員長)

【開会の挨拶】

大学セミナーハウス
   鈴木康司館長

 皆様、今日は週末にも拘らず第五回「憲法を学問する」にご参加くださいまして、ありがとうございます。
我々の敬愛する比較憲法学の第一人者樋口陽一先生のご尽力により、樋口先生の教えを受けた錚々たる4人の講師をお迎えして始まりましたこのセミナーも今年で第5回を数えます。
 昨年は現在でも世界中に猛威を振るっているコロナ禍が原因で残念ながら中止せざるを得なかったこのセミナーでありますが、今年は幸いにして現在のところ小康状態が続いておりますので、Zoomを利用したオンライン形式で開くことができました。開会に先立ちまして、このために努力を重ねてくださった先生方、関係者の方々に心から感謝申し上げます。
 現在、政治の世界では憲法改正論議が盛んになりつつあるようですが、心すべきは形式的には立憲民主主義を標榜しているこの国の政治が実は三権分立といわれながら行政だけが突出して、司法、立法ともに追随する現在の状況をどのように考えるべきかでありましょう。権力者が憲法を独自解釈して強引な行政をおこない、官僚が自己保身のためにこれに従う忖度政治が何年もの間続いたことは皆さまもご承知のとおりであります。憲法は政治権力が暴走できないよう、権力者を抑え、国民の権利を守るためにあるという自明の理をあえて言わなければならない現状を見るにつけ、私のような戦後民主主義で育った人間には「憲法」をしっかりと読み、理解し、学問することが喫緊の課題であると思わざるを得ません。
 幸いにして今回は樋口先生の名著「憲法」第4版が4人の講師の先生方によってテキストとして選択されました。テキストを的確に読み解き、憲法の精神を理解する、そして初めて現憲法の重要性がわかり、かつ、現代における問題点は何かをつかみ取ることができるのではないでしょうか。たった一日ではありますが充実したセミナーを経験して豊かな果実を手にしていただきたいと思います。
 なお、樋口先生からも、後日映像を利用してこれに関する石川先生のインタビューに答える用意があるとのご意志が示されていることをお伝えして、ご挨拶といたします。ありがとうございました。
 

【講師講演】

 今年は樋口陽一先生の『憲法』第4版(勁草書房、2021)を読むということで、セミナーのはじめに4人の先生は、「憲法と憲法学」(石川健治先生)、「違憲審査の正統性」(蟻川恒正先生)、「権力の分立」(宍戸常寿先生)、「教育と家族」(木村草太先生)で講演して頂きました。
 セミナー開催前に講師先生それぞれから出された事前課題がありました。事前課題は下記の通り、参加者に読む箇所と考えて頂く問題を提起しています。セミナーの前に参加者の方々は樋口先生の『憲法』のなかの指定された箇所を読み、先生方の講演を聞きながら、事前課題の問題をより深く考えることができたといえよう。

<事前課題>

第1分科会樋口陽一『憲法(第4版)』序章を読み、第3節が序章(あるいは本書)全体において、どういう意味をもっているのか、について考えてみてください。講師が学生時代に聴講した、樋口教授の「憲法」および「国法学」講義は、第3節の内容なしに成立していました。同書が序章第3節を装備していることに、果たして意味があるのか、それともないのか。1992年の書である、という事実に、ひとつの鍵が隠されています。
第2分科会樋口陽一『憲法[第4版]』(勁草書房、2021年)470~473頁には、以上に述べた違憲審査の3つの制度類型の概略が説明されています。これを読んだ上で、第3の制度類型としての日本の違憲審査制の特質を最もよく体現していると各自が考える最高裁判決の具体例を1つ選んで、臨んでください。
第3分科会:樋口陽一『憲法(第4版)』(勁草書房、2021年)319~323頁を読んだ上で、「官」を「政」に対する権力分立の担い手として扱うことが適当か考えてきてください。デジタルプラットフォーム事業者と国家の間の権力分立についても、考えてみて下さい。
第3分科会
樋口陽一『憲法(第4版)』(勁草書房、2021年)319~323頁を読んだ上で、「官」を「政」に対する権力分立の担い手として扱うことが適当か考えてきてください。デジタルプラットフォーム事業者と国家の間の権力分立についても、考えてみて下さい。
第4分科会樋口陽一『憲法(第4版)』勁草書房2021年280頁は、〈憲法上、家族を特別の集団と扱わない〉と選択した場合に、ある問題が生じ得ることを示唆している。それは、どの様な問題か。
また、同書284頁以下は、公権力による公教育の強制と親の教育の自由の緊張を描く。公権力が公教育を強制できる根拠は何か。また、親がそれに対抗するとしたら、それはどのような論理であり得るか。

石川 健治先生
 東京大学法学部教授

蟻川 恒正先生
 日本大学大学院法務研究科教授

宍戸 常寿先生
 東京大学法学部教授

木村 草太先生
 東京都立大学法学部教授

【質疑応答】
 *分科会分け

第1分科会「憲法と憲法学」
指導講師:石川 健治先生

 日本語で書かれている本なのに、何度読んでも内容が頭に入らない、という経験をしたことのない人はいないだろう。いかなるテクストであれ、頭の中が白紙(タブラ・ラサ)の状態では、読むことができないからである。テクストとしての憲法を読むに際しても同様だ。「憲法」についての内外の先人たちの思考のあと――つまりは「憲法学」――を参照することが必要不可欠である。
 しかし、一応の理解を達成した後は、憲法と憲法学の双方が、「個人の尊厳を核心とする西欧型憲法原理の内部での、複数の体系的理解のうちでの価値選択」の結果であることに、思いを致す必要がある。そのとき読者は、「すべては疑い得る」、という言葉の意味を知るだろう。なかでも樋口陽一『憲法』は、内なる宮澤俊義と清宮四郎の対抗に、今次の第4版ではじめてメスを入れたことで注目される。これを切り口に、「憲法理論」というものの深層に迫ってみたい。
 

第2分科会「違憲審査の正統性」
指導講師:蟻川 恒正先生

 違憲審査の制度は、その確立期に議会中心主義が支配的であった近代立憲主義にとっては、新しい制度であり、今日も、日々の実践を通じて、その在り方を変容させ続けている。
 憲法学者・樋口陽一は、日本国憲法が採用した違憲審査制を、「ステーツマンとしての自立した法律家の権威」に基礎を置くアメリカ型違憲審査制とも、「ローマ法以来の法学教授の権威」に基礎を置く大陸型憲法裁判所制度とも異なる、第3の制度類型として捉え、成熟させる構想を提起している。
 この分科会では、いくつかの憲法裁判を取り上げ、それぞれの裁判が示す「智慧」を批判的に吟味しながら、第3の制度類型としての日本の違憲審査制の可能性と不可能性について考察する。
 

第3分科会「権力の分立」
指導講師:宍戸 常寿先生

 権力の分立は、権利の保障とともに、立憲主義の要請と考えられてきた。憲法典で制度化された仕組みが機能しているかどうかだけでなく、憲法典の外で生じる政治権力の抑制メカニズム、ひいては国際社会での権力相互の関係も、広く権力分立の問題である。権力分立を考えることは、憲法の役割と守備範囲を考えることでもあり、憲法理論の真価が問われる場面である。
 権力分立を前提とするリベラル・デモクラシーが社会主義に勝利したとされる1990年代初頭から、グローバル化が進みデジタルプラットフォーム事業者が国家を上回る影響力をもつとされるようになった現在まで、憲法理論がどのように対応してきたかを検討したい。
 

第4分科会「教育と家族」
指導講師:木村 草太先生

 家族は個人ではなく集団であり、教育は自律よりも他律で成り立つ営みだ。にもかかわらず、個人の自律にとって、家族も教育もなくてはならない。
 家族の憲法理論は複雑である。家族法は家族の定義を示そうとする。しかし、憲法は、人間関係構築の自由を保障する。その結果、家族法の定義とは異なる家族は、いくらでも形成できる。伝統的に、同氏合意をしない夫婦、同性間の婚姻、法律婚外の結合への法的保護の過少が課題となってきた。
 家族が、法の枠を無視して作られて行くのに対し、教育は法制度——とりわけ公教育と学校——なしに存在し得ない。ここでは法制度の外に教育が作られることではなく、その中に何が盛り込まれるかの政治闘争が生まれる。
 これを踏まえ、家族と教育の憲法理論を考えたい。
 

【参加者アンケート】

難しい内容をわかりやすくお話してくださり、ありがとうございました。 トラブルも、時間の有効活用に素早く切り替えられていて、全く気になりませんでした。
・蟻川先生が相変わらず、かわいい(失礼)。憲法に真剣に向き合っておられますね。樋口先生への敬愛を感じます。3版から4版へのことばの書き換えをお聞きして、ぞくぞくしています。
・通信回線が不安定になる場面はあったものの、丁寧に説明をされていたので、理解をするのに困るというほどではなかったように思う。したがって、大変満足している。
・分科会、交流会、ともに、宍戸先生が、質問しやすい雰囲気を作っていただき、また丁寧に質問に答えてくださってありがたかったです。参加者が少なくてとてももったいないと思いました。でも、若い大学生の方が参加されていて、嬉しく思いました。 今回はそれなりに予習はしたつもりでしたが、やはり知識不足でなかなか意味のある質問もできず、当たり前ですが議論に貢献できなくて申し訳ありません。 けれども、このような機会を与えてくださって本当に感謝しております。 これからの官と民の関係や、プラットフォームの「権力」について考えないといけないことがたくさんあり、それが、難しい状況にあることがよくわかりました。 宍戸先生のお話は、政府の先端で問題に取り組んでおられる方々の様子を垣間見せてくれるので、本だけではわからないことを知ることができることも魅力です。 最後に、もう覚えていらっしゃらないと思いますが、以前にアドバイスをいただいた「徴用工事件」に関わる授業は、高校生が興味をもって聞き、彼らなりにいろいろと考える機会になりました。ありがとうございました。と宍戸先生にお伝えいただけると幸いです。
・総括討議は、先生方のやりとりがうかがえる貴重な機会で、今回もとても興味深かったです。自分の知識があれば、もっと愉しめるのだろうと毎回思いますが、自分なりにとても愉しくうかがいました。
・興味深く、お聞きしました。樋口先生の論戦について、もっと聞きたかった。 4版のお手伝いをされた先生のお話は興味深かったです。4人の先生方へのご配慮に感服いたしました。
・家族と憲法の積み残し、ということで見せていただいた同性婚の訴訟の原告側の書面には、衝撃的な驚きを禁じえませんでした。ざっくばらんに質問もさせていただき、とても貴重な時間でした。
・私は2018年4月から新宿の朝日カルチャーセンターで石川先生の「日本国憲法を読み解く」という講義を月に1回受講していて、その年の秋にこの「憲法を学問する」のことを知ってから、ずっと参加したいと思っておりました。が受験生の子どもを抱えていたりと宿泊で行く都合がつかず、やっといろいろな足かせがとれて今回初めて参加することができました。4人の先生方の、お人柄がにじみ出ている大変味わい深い講義は、メモを取るのに必死ながらもとても楽しく、新しいことを知る喜びに心が満ち、とても充実した時間となりました。ありがとうございました。トラブルに備え分科会にも事務局の方がついていただき、大変お世話になりました。感謝申し上げます。



 

企画委員会

<委員長> 石川 健治 東京大学法学部教授  
<委 員> 蟻川 恒正 日本大学大学院法務研究科教授  
       宍戸 常寿 東京大学法学部教授  
               木村 草太 首都大学東京法学系教授  
<特別参加>樋口 陽一 東京大学・東北大学名誉教授  
 

開催状況

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